アンブレイカブル - 早すぎたダークナイト
アンブレイカブル / UNBREAKABLE
2000年 アメリカ映画 タッチストーン製作
監督・脚本:M・ナイト・シャマラン
製作:バリー・メンデル サム・マーサー M・ナイト・シャマラン
製作総指揮:ゲイリー・バーバー ロジャー・バーンバウム
撮影:エドゥアルド・セラ
編集:ディラン・ティチノー
衣装:ジョアナ・ジョンストン
プロダクションデザイン:ラリー・フルトン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ブルース・ウィリス サミュエル・L・ジャクソン ロビン・ライト・ペン
悲惨な列車事故からただ一人無傷で生還した男デヴィッド・ダン。
彼が背負う宿命とは.....
2000年 アメリカ映画 タッチストーン製作
監督・脚本:M・ナイト・シャマラン
製作:バリー・メンデル サム・マーサー M・ナイト・シャマラン
製作総指揮:ゲイリー・バーバー ロジャー・バーンバウム
撮影:エドゥアルド・セラ
編集:ディラン・ティチノー
衣装:ジョアナ・ジョンストン
プロダクションデザイン:ラリー・フルトン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ブルース・ウィリス サミュエル・L・ジャクソン ロビン・ライト・ペン
悲惨な列車事故からただ一人無傷で生還した男デヴィッド・ダン。
彼が背負う宿命とは.....
この映画は初見はレンタル開始してちょっと経った時で、10年以上前です。
で、何故か惹かれるものがあって2年ほど後になって、もう一回借りました、当時はVHSでした。
今回が三度目。同じ作品をこれだけ借りるのは僕には珍しいですw
2月のファンタジー企画で鑑賞候補だったのですが
ファンタジー要素は薄いので止めまして、今回はミステリー企画なので
選びました!ちゃんとサスペンス&ミステリーの棚に置いてたもんね!(笑)
ただ、申し訳ないことに今回のレビューは
ミステリーとはほとんど関係ないことに多くを費やしてしまいました。
ご了承ください。
作品のスタイルはサスペンスでありミステリーですが本質はヒーロー映画。
再見したところ記憶していたよりずっとガチなヒーロー映画でした。
ヒーローのオリジンから始まり、苦悩をへて運命を受け入れるという
王道の流れを押さえています。
この手の映画の主人公は自分のパワーを実戦の前にまずは試してみるというのが多いですが
その場面もちゃんとあります。
「スパイダーマン」のアパートの屋根で飛んでる場面
「アイアンマン」のマークⅡのテスト飛行
「アンブレイカブル」ではウェイトリフティングがそれにあたる
デヴィッドは光線などは出せないけど怪力は備わってるという点がリアル
デヴィッドの能力”悪人を見分ける力”も、他のSF映画で見られる超能力と大して変わらないですが
”コミックのなかでは誇張して描かれるが現実にスーパーパワーが存在とすれば直感程度のものだろう”
というイライジャの台詞が説得力を与えます。
デヴィッドは自分の人生にどこか違和感を感じているというか満足していない、という風に描写されていて
それは若き日の交通事故でアメフト選手への道を断たれたからとも思わせたのですが、
実際は自分の秘められた力と運命を持て余していたからなのです。
弱点である水を克服し、悪との最初の戦い(絵的には非常に地味なのですがw)に
勝利したことで自信もついたのでしょう。表情も晴れやかになりました。
おまけに妻子との絆も取り戻し
息子に新聞記事をさりげなく見せたのは、父ちゃん凄いんだぞ!アピールも少なからずあるよねw
メデタシメデタシ・・・・・のはずだったんですが
物語のもう一人の主人公(というか真の主人公だと思う)について
コミックス専門のアートギャラリーを経営するイライジャ・プライス
骨形成不全症という先天的な病気を患い、生まれる前、胎児の時点ですでに骨折していた。
その後、成長の過程で幾度も骨折を繰り返し
当然の如く、落ち込んで日々をすごすイライジャに、母は漫画を手渡す。
条件は通りのベンチまで歩いてとってくること。外出するたびに少しずつプレゼントするという。
描かれるヒーローのように強い心を持って欲しいという母の願いだった。
以来、ヒーロー漫画を読み続けるイライジャはある結論にたどり着く。
エジプト人が壁画を書いたように古代から人は絵で物語を伝えてきた。
↓
コミックスもその流れを汲んでおり、今の時代の英雄を描いている。
↓
コミックスの世界では端と端、対になっている存在がある。
↓
自分のように骨がもろい人間が存在するならば、絶対に傷つかない人間も存在する
↓
ゆえにスーパーヒーローは実在する!
このトンデモ理論を証明するため、そしてヒーローを探し出すため
大事故を仕組んできたイライジャ、で、とうとう見つかったのが冒頭の列車事故で
生き残ったデヴィッドだった。
最初見たときは、何て安っぽいどんでん返しなんだと思ってしまった。
また日本公開時の宣伝も悪かったような気がする
(アメリカじゃどの方向で宣伝されたのか知らないけど)
「シックスセンスを超える衝撃」
「戦慄のラスト、見届ける覚悟はあるか」とか煽るもんだから
そういえば「サイン」も”ミステリーサークルの謎、この真実に驚愕する”とか煽って
普通に宇宙人侵略モノで”そのまんまじゃねーか!”って怒ってた人たくさんいたなあ
でも、この後、いろいろなアメコミヒーロー映画が公開されてきたなか
今、見直したら
どれだけ現実的にヒーローを描けるのかということ
表裏一体の善と悪
その先見の明に驚かされます。
絶賛された「バットマンビギンズ」「ダークナイト」の何年も前に
すでにそれをやっているわけですよ、この映画は。
形は少しいびつかもしれないけどね
しつこいようですいませんが、好き嫌いは別として「ダークナイト」は傑作だと思いますし
SF映画に置ける「ブレードランナー」以前と以後みたいに
ヒーロー映画の概念を変えたというのもわかります(ビギンズはあんまり印象に残ってない)
だけどシリアスなヒーローなら「X-MEN」もあったし
突然変異みたいにいきなり「ダークナイト」が登場したわけではないだろうというのは言いたいです
デヴィッドが自分は何者なのかと悩むように
イライジャも自らの存在意義を探し続けました。この体に生まれついた意味は何なのかと。
何度も諦めかけたという彼は、その都度コミックを読み返して答えを求めたのでしょう
世界はすべてが対になっている。
光があれば影がある
壊れない人間(アンブレイカブル)がいれば、壊れる人間(ブレイカブル)がいる
ヒーローがいれば、ヴィランがいる。
本当にヒーローがいるなら、私の役割はヴィランなのだ。
最後に握手をしようと手を差し出したのもわざとでしょう。
デヴィッドの能力を推測できないわけがないし、
各地の大惨事の記事を切り抜いて貼ってたり、それらしい本を陳列してたり
証拠を隠す気もない。
自分が悪だと示すことでようやく使命は果たされたのです、イライジャにとっては。
正直イライジャの行為の罪深さは死刑判決になって死刑を執行されて
死後の世界にも行っても、なお犠牲者の霊に復讐されても仕方ないくらいですが
しかし
男なら、かつて少年だった者ならば、一度は考えたことがあるだろう。
この現実にヒーローがいるとしたら?
そんな中二病男の子の永遠の夢が極限にまで増大させてしまったのがイライジャなのです。
むしろ自分がヒーローになりたいくらいのものだったろう。
だが、自分の体では絶対になれないというジレンマ。
”男なら”なんて決め付けて書いてすいません。
女性でもヒーロー(女性の場合はヒロイン?)に憧れる人はきっと、たくさんいらっしゃいますよね
ってか、おい、誰だ、”男でもそんなこと考えねーよ”なんて言ってるのは
すべてを告白した後の彼の顔は穏やかで微かに微笑んでいた。
”俺はやり遂げたんだ”という達成感に満たされていたように思う。
これほどの惨劇を引き起こしながら、心はいまだに純真無垢な少年のままなのだ。
そこが怖いし、悲しい。
イライジャの最後の台詞はどれも胸に迫ります。
突出しているのはこれ
「悪役にはみんな通り名があるんだよ。私は”ミスター・ガラス”と呼ばれたんだ」
この叫びに全俺が泣いた。
ヴィランでありながら他の誰よりもヒーローを渇望した男を演じたサミュエル・L・ジャクソンは
12年のときを経て「アベンジャーズ」でスーパーヒーローチームを率いるまでになった。
それもまた感慨深いです。
ちなみに、ヴィランという単語を連呼していますが
ヴィランとは悪役という意味です。宿敵と訳してもいいかもしれません。
今ではネット界隈では結構使われる言葉になってきたんじゃないかな。
実生活では一度も耳にしませんけどね(笑)
そもそも悪役って意味なら日本語で”悪役”と書けばいいじゃんってことになりますが
ヒーローが英語ですからね、対する言葉も英語を使いたくなるのです。
ヒーローとヴィランは正反対だが元々は友人だった、とイライジャは言う。
交友があったから多少手の内が読めるし、敵対してはいるけれど互いをどこかでリスペクトしあっている。
両者の関係は前世からの因縁とか、この世に生まれついたときから戦うことが決まっているというか
ラブストーリーとは別の意味で、ほとんど”運命の相手”といえるかもしれない。
うーん、ロマン感じるなあ
これは日本の漫画でも馴染み深い設定だと思います。
ジョナサンとディオ、ケンシロウとシン、コブラとクリスタルボーイ、アンパンマンとバイキンマン
孫悟空は.....誰になるんだろう、ベジータやピッコロは何だかんだ言っても仲間って印象が強くて
セルとかフリーザはリスペクト感が皆無だった記憶がある。
それにしても、このシルエットにはゾクッとくるね
つーかフィギュアまであるのかw
で、何故か惹かれるものがあって2年ほど後になって、もう一回借りました、当時はVHSでした。
今回が三度目。同じ作品をこれだけ借りるのは僕には珍しいですw
2月のファンタジー企画で鑑賞候補だったのですが
ファンタジー要素は薄いので止めまして、今回はミステリー企画なので
選びました!ちゃんとサスペンス&ミステリーの棚に置いてたもんね!(笑)
ただ、申し訳ないことに今回のレビューは
ミステリーとはほとんど関係ないことに多くを費やしてしまいました。
ご了承ください。
作品のスタイルはサスペンスでありミステリーですが本質はヒーロー映画。
再見したところ記憶していたよりずっとガチなヒーロー映画でした。
ヒーローのオリジンから始まり、苦悩をへて運命を受け入れるという
王道の流れを押さえています。
この手の映画の主人公は自分のパワーを実戦の前にまずは試してみるというのが多いですが
その場面もちゃんとあります。
「スパイダーマン」のアパートの屋根で飛んでる場面
「アイアンマン」のマークⅡのテスト飛行
「アンブレイカブル」ではウェイトリフティングがそれにあたる
デヴィッドは光線などは出せないけど怪力は備わってるという点がリアル
デヴィッドの能力”悪人を見分ける力”も、他のSF映画で見られる超能力と大して変わらないですが
”コミックのなかでは誇張して描かれるが現実にスーパーパワーが存在とすれば直感程度のものだろう”
というイライジャの台詞が説得力を与えます。
デヴィッドは自分の人生にどこか違和感を感じているというか満足していない、という風に描写されていて
それは若き日の交通事故でアメフト選手への道を断たれたからとも思わせたのですが、
実際は自分の秘められた力と運命を持て余していたからなのです。
弱点である水を克服し、悪との最初の戦い(絵的には非常に地味なのですがw)に
勝利したことで自信もついたのでしょう。表情も晴れやかになりました。
おまけに妻子との絆も取り戻し
息子に新聞記事をさりげなく見せたのは、父ちゃん凄いんだぞ!アピールも少なからずあるよねw
メデタシメデタシ・・・・・のはずだったんですが
物語のもう一人の主人公(というか真の主人公だと思う)について
コミックス専門のアートギャラリーを経営するイライジャ・プライス
骨形成不全症という先天的な病気を患い、生まれる前、胎児の時点ですでに骨折していた。
その後、成長の過程で幾度も骨折を繰り返し
当然の如く、落ち込んで日々をすごすイライジャに、母は漫画を手渡す。
条件は通りのベンチまで歩いてとってくること。外出するたびに少しずつプレゼントするという。
描かれるヒーローのように強い心を持って欲しいという母の願いだった。
以来、ヒーロー漫画を読み続けるイライジャはある結論にたどり着く。
エジプト人が壁画を書いたように古代から人は絵で物語を伝えてきた。
↓
コミックスもその流れを汲んでおり、今の時代の英雄を描いている。
↓
コミックスの世界では端と端、対になっている存在がある。
↓
自分のように骨がもろい人間が存在するならば、絶対に傷つかない人間も存在する
↓
ゆえにスーパーヒーローは実在する!
このトンデモ理論を証明するため、そしてヒーローを探し出すため
大事故を仕組んできたイライジャ、で、とうとう見つかったのが冒頭の列車事故で
生き残ったデヴィッドだった。
最初見たときは、何て安っぽいどんでん返しなんだと思ってしまった。
また日本公開時の宣伝も悪かったような気がする
(アメリカじゃどの方向で宣伝されたのか知らないけど)
「シックスセンスを超える衝撃」
「戦慄のラスト、見届ける覚悟はあるか」とか煽るもんだから
そういえば「サイン」も”ミステリーサークルの謎、この真実に驚愕する”とか煽って
普通に宇宙人侵略モノで”そのまんまじゃねーか!”って怒ってた人たくさんいたなあ
でも、この後、いろいろなアメコミヒーロー映画が公開されてきたなか
今、見直したら
どれだけ現実的にヒーローを描けるのかということ
表裏一体の善と悪
その先見の明に驚かされます。
絶賛された「バットマンビギンズ」「ダークナイト」の何年も前に
すでにそれをやっているわけですよ、この映画は。
形は少しいびつかもしれないけどね
しつこいようですいませんが、好き嫌いは別として「ダークナイト」は傑作だと思いますし
SF映画に置ける「ブレードランナー」以前と以後みたいに
ヒーロー映画の概念を変えたというのもわかります(ビギンズはあんまり印象に残ってない)
だけどシリアスなヒーローなら「X-MEN」もあったし
突然変異みたいにいきなり「ダークナイト」が登場したわけではないだろうというのは言いたいです
デヴィッドが自分は何者なのかと悩むように
イライジャも自らの存在意義を探し続けました。この体に生まれついた意味は何なのかと。
何度も諦めかけたという彼は、その都度コミックを読み返して答えを求めたのでしょう
世界はすべてが対になっている。
光があれば影がある
壊れない人間(アンブレイカブル)がいれば、壊れる人間(ブレイカブル)がいる
ヒーローがいれば、ヴィランがいる。
本当にヒーローがいるなら、私の役割はヴィランなのだ。
最後に握手をしようと手を差し出したのもわざとでしょう。
デヴィッドの能力を推測できないわけがないし、
各地の大惨事の記事を切り抜いて貼ってたり、それらしい本を陳列してたり
証拠を隠す気もない。
自分が悪だと示すことでようやく使命は果たされたのです、イライジャにとっては。
正直イライジャの行為の罪深さは死刑判決になって死刑を執行されて
死後の世界にも行っても、なお犠牲者の霊に復讐されても仕方ないくらいですが
しかし
男なら、かつて少年だった者ならば、一度は考えたことがあるだろう。
この現実にヒーローがいるとしたら?
そんな
むしろ自分がヒーローになりたいくらいのものだったろう。
だが、自分の体では絶対になれないというジレンマ。
”男なら”なんて決め付けて書いてすいません。
女性でもヒーロー(女性の場合はヒロイン?)に憧れる人はきっと、たくさんいらっしゃいますよね
ってか、おい、誰だ、”男でもそんなこと考えねーよ”なんて言ってるのは
すべてを告白した後の彼の顔は穏やかで微かに微笑んでいた。
”俺はやり遂げたんだ”という達成感に満たされていたように思う。
これほどの惨劇を引き起こしながら、心はいまだに純真無垢な少年のままなのだ。
そこが怖いし、悲しい。
イライジャの最後の台詞はどれも胸に迫ります。
突出しているのはこれ
「悪役にはみんな通り名があるんだよ。私は”ミスター・ガラス”と呼ばれたんだ」
この叫びに全俺が泣いた。
ヴィランでありながら他の誰よりもヒーローを渇望した男を演じたサミュエル・L・ジャクソンは
12年のときを経て「アベンジャーズ」でスーパーヒーローチームを率いるまでになった。
それもまた感慨深いです。
ちなみに、ヴィランという単語を連呼していますが
ヴィランとは悪役という意味です。宿敵と訳してもいいかもしれません。
今ではネット界隈では結構使われる言葉になってきたんじゃないかな。
実生活では一度も耳にしませんけどね(笑)
そもそも悪役って意味なら日本語で”悪役”と書けばいいじゃんってことになりますが
ヒーローが英語ですからね、対する言葉も英語を使いたくなるのです。
ヒーローとヴィランは正反対だが元々は友人だった、とイライジャは言う。
交友があったから多少手の内が読めるし、敵対してはいるけれど互いをどこかでリスペクトしあっている。
両者の関係は前世からの因縁とか、この世に生まれついたときから戦うことが決まっているというか
ラブストーリーとは別の意味で、ほとんど”運命の相手”といえるかもしれない。
うーん、ロマン感じるなあ
これは日本の漫画でも馴染み深い設定だと思います。
ジョナサンとディオ、ケンシロウとシン、コブラとクリスタルボーイ、アンパンマンとバイキンマン
孫悟空は.....誰になるんだろう、ベジータやピッコロは何だかんだ言っても仲間って印象が強くて
セルとかフリーザはリスペクト感が皆無だった記憶がある。
それにしても、このシルエットにはゾクッとくるね
つーかフィギュアまであるのかw
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